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Interview/レオン・ラッセル
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レオン・ラッセルが来日した時、インタビューした。銀髪の、寡黙な人だったぼくは憧れのキーボード・プレイヤーに会えるということで多少ハイになっており、最後のほうは何度も握手し、あのレオン・ラッセルの背中をバンバン叩いてしまったのだ。短い時間だったが、いいインタビューだったなと思っていた。ところがうちの編集部の連中が、「話が噛み合っていなくて、これではレオン・ラッセルが嫌な人に見える」と言うのだ。原稿を読み返してみると、なるほど、そう受け取れなくもない。活字だけで情報を伝えるというのはむずかしいものだ。
というわけで、煩わしいと思われるかもしれないが、少々解説を加えながらインタビューの模様を紹介しよう。
場所は都内の某ホテルで、時期は今年の桜の花が散りはじめる頃のことだ。部屋に入って行くと、レオン・ラッセルだけではなく、バンドのメンバーがテーブルの隅のほうについていた。ぼくは勢い良く、レオン・ラッセルだけではなくその場の一人ひとりに「ハーイ、ぼくはケンイチ・ヤマカワ、FM番組のためのインタビュアーなんだ。ラジオだから、カメラはんしなんでリラックスして下さい」と言ったのだった。
それから、通訳の人を交えて、テーブル越しに腰かけるのではなく、レオン・ラッセルのすぐ左の隣りに座ってインタビューを開始した。この時点で、「こいつ、おかしな奴だな。ちょっとイッてしまってる奴かもしれないから用心しよう」と思われていたかもしれない。
(山川健一)
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Interview/レオン・ラッセル
私が演奏している音楽は、
ロックだと思っているよ。
山川 東京の桜は見ましたか?
レオン 見たよ。東京では見てないけど、福岡でね。
山川 ぼくは25年くらい、あなたのファンなんですが、いきなりストレートな質問で悪いけど、こんなに長く音楽活動を続
けられる秘訣(シークレット)は何ですか。
レオン ぼくはそんな「シークレット」があるとは知らなかったけど、あるのかい?(
笑)。どうだろう、わかんないな。
山川 今度、自分のピアノをお持ちになったそうですが。
レオン うん。過去何度かもって来たのと同じピアノだよ。ホームメイド・ピアノとで
もいうのかな。
山川 どういうピアノなんでしょうか?
レオン ハーレー・ダヴィッドソンって名前なんだ。
山川 冗談でしょう?(笑)。
レオン ぼくのピアノの名前を笑わないでくれよ(笑)。
山川 いや、あなたのハーレー・ダヴィッドソンはすごくいい音がするんでぼくは大好きな
んです。
レオン ありがとう。
(ここでぼくは、「いきなりカマされちまったよなあ」と思っている。だって、自分のピアノにハーレー・ダヴィッドソンなんて名前をつけてるなんて、どう考えてもマジな話だとは思えないではないか。何とかジョークで切り返してやろうと、こちらも必死である。)
山川 ぼくが九段会館で観た前回の来日のときにはソロでいらして一人で演奏したわけですが。
レオン ソロでやったときも、今回のブルーノート東京でも同じピアノなんだよ。
山川 しつこいようだけど、なんかピアノに関しては秘訣があるんですか。
レオン ピアノの秘密ね……。まず、鍵盤のそれぞれの音の位置を覚えること。あと
は、その場その場で正しいキーを叩けばいい。
(おい、おい、おい、おい、とぼくは思ってる。そして、いいジョークを思いついたのだった。)
山川 あなたは自分のピアノをハーレー・ダヴィッドソンって名前だって言うけれど、ぼくはあなたのピアノの中にはハミングバードが棲んでるんじゃないかと思いますね。
レオン 意味がわかんないけど。
山川 ハミングバードのようにきれいな声で歌う鳥が、ピアノの中にいるんじゃないかってことですよ。
レオン ああ、なるほど。
(ハミングバードというのは彼の代表作のひとつで、ここでレオンはニッと微笑んだ。)
山川 ところで、あなたはいろんな音楽のプロフッショナルで、ブルースからカントリーからゴスペルから、プロ中のプロだと思うんですが、そういうあなたからみて、今の音楽をどう思いますか。
レオン そうだね。今はいろんな機械がたくさんあって、本当のプレイヤーじゃなくっても、長く演奏できるような機材がある。それで、誰でもが演奏できるような音楽を演奏して、音楽をつくっているように聞こえるけれども、その一方で本当にいい
ミュージシャンもいっぱいいると思う。
山川 ぼくがいちばん好きなレオン・ラッセルの曲は〈ミー・アンド・ベビー・ジェイン〉なんです。個人的な質問で悪いんですが、あの歌詞はかなりリアルなものなんですか?
レオン そう。あれは歴史を未来から書いているような曲で、こういうことが起こるの
ではないかと思って書いたら、たしかにそんなことが一、二年後に起こった。
山川 なんと言えばいいかわかんないけど、誰でもああいう体験をすると思うんで
すが、失恋というか……心に沁みました。ぼくはそのとき高校生だったので、ものす
ごく影響を受けてしまって。
レオン 実は、それを書いた時点ではそういったことが自分にふりかかってくるとは思っていなかったんだ。だけど、残念ながら本当に起きてしまった。
山川 レオンさんはロックの歴史の中でアメリカの音楽とイギリスのロンドン発の音楽とを結びつけて、そのふたつの真ん中にいるキーパーソンだと思うんですが、
いろんな音楽の中でもとくにロックに対する思い入れというものはありますか。
(この辺りの話は、ロックの歴史を考える上でとても大切なエピソードで、だからちゃんと聞いておきたかったのだ。)レオン そうだね。……私が演奏している音楽は、ロックだと思っているよ。
(なんてカッコいいんだろう、とぼくは思った。友達連中に報告しなきゃな、と思ったものだった。「おい、レオン・ラッセルがよ、もうジジイなのに、俺が演奏している音楽はロックだと思っているよって言ってたぜ」と。ピアニストの岩橋弘士が聞いたら、マジ、泣くだろう。感動したぼくはいきなりレオン・ラッセルの膝の上に置かれた手に右手を差し出し、無理やり握手してしまった。ま、向こうはちょっとばかりビビッてた感じではあるが。)
レオン それから、自分の会社、シェルター・レコードを起こしたとき、たまたまそのパートナーがイギリス
人だったこともあって、イギリス人のメンバーがたくさん入ったわけだけれども、その意味ではそれがひとつのコネクションになったんだね。
山川 それは意識的にそういう風にしようと思ったのか、自然の流れでそういう役
割を果たすようになったのか、どちらですか。
レオン もともと願ってそうしたわけではないんだよ。いまも言ったとおり、たまたまパートナーがイギリス人で、エンジニアがグレン・ジョーンズというイギリス人だった。で、ロンドンに行ってレコーディングしたために、イギリスのミュージシャンが多く入ったのであって、意図して行ったわけではないんだよ。
山川 アメリカのルーツ・ミュージックに関してはどう思っていますか。
レオン 自分がいちばんよく聴いているのはまさにアメリカのルーツミュージックで、
古いブルースなんかよく聴いている。そんな音楽が最近CDで再発されたり、リマスタリングされて発売されてきているので、ぼくとしては喜んで聴いているんだ。
(「ミー・トゥー」と言うと、穏やかに微笑んだ彼はうなずいてくれた。)
山川 こんな質問はやぼですが、レオンさんの好きなアルバム、好きなソングをいくつかあげてもらえませんか。
(なんでこんな下らない質問をしたかと言うと、ぼくは彼のカントリィ・アルバムがあまり好きではなく、まさかストレートにそんなことは言えないから、彼自身のチョイスにカントリィが入るのかどうか確かめてみたかったわけだ。)
レオン 私が書く曲はリアルな歌で、ほとんど現実の人間をモデルにして書いているんだよ。だから、これというのは選べないな。どの曲の場合も、必ず誰のために書いたか、その人を思い出してしまうからね。
山川 ぼくは小説家なんですが、レオンさんは歌詞を書くとき、小説を書くように書くんですか?
レオン ぼくの書く曲は自伝なんだね。確かに、小説のようなものかもしれない。ぼくはロスに友だちがいて、本当のリアル・ソングとリアルでない歌の二つがあるとすれば、その友だちに生の歌を書くことを教わったんだよ。ぼくの歌は、本当の人々、本当の体験を語っている。ただ、タイラーさんと一緒に書くときは少し違うけど。
たとえば、〈アウト・イン・ザ・ウッズ〉という曲があって、それは昔ボブ・ディランがぼくのコンサートを見に来たときの彼との会話が歌詞になっている。そのとき、ぼくのバンドは15人くらいいたんだけど、ディランが「どうしてそんなに多くのメンバーを抱えてやれるんだ」と言ったんだ。「ぼくは一人加わっただけでも大変なの
に、それだけのメンバーでよく歌えるね」なんて話をした。ディランが「自分だっ
たらは15人もいたら混乱状態になってしまう」と言ったことが、〈アウト・イン
・ザ・ウッズ〉という曲になっている。ちょうど彼がバイクの事故を起こして、首の骨を折ったあとだったんだ。これから
また歌おう、復活しようってときで、彼が「ぼくはしばらく〈アウト・イン・ザ・ウ
ッズ〉、つまり森の中で隠遁してたから」みたいなことを言ったんだね。ボブ・デ
ィランはそういうちょっとした言葉のひねりがうまいんだよね。
山川 ぼくもいい小説を書こうとして、なかなかうまく書けないんですが、こんなこ
とを言うのはかえって失礼かもしれないけど、あなたの音楽は本当に素晴らしい。
神秘的なものが感じられる。口では説明できないかもしれないけど。
レオン ぼくも小説を書くライティングに関していろんな本を読んで参考にしたけど、小説を書くというのはむずかしい。どの本も、小説のいちばんむずかしいところは自分がパフォーマーとオーディエンスの両方に同時にならなければならない点だと思うね。
おすすめの取組み方として、まず朝起きてとにかく書くという作業を二、三週間続けてみる。その間は自分の書いたものを読んじゃいけない。三週間たったら初めて読んでリライトしてみるというやり方だ。そうすることで同時に一人二役こなさなくてすむわけだ。あなたの場合もそれをやってみたら役に立つかもしれない。
山川 これは質問じゃないんですけど、レオンさんは自分の音楽を信じる力がものすごく強いんだなといつも思う。だからぼくらの心の深い場所にも音楽が届くんだと思うんです。
レオン 自分の言葉を自分自身が心底信じているように伝えるってことはとても大切なことだと思うよ。
山川 最後に、日本の音楽ファンにメッセージを。
レオン うん、そうだな。何と言えばいいのだろう。今、コンサート・ツアーのために三週間の予定で日本に来ているけれど、ぼくは日本が大好きなんだ。とても美しく、ぼくのいちばん好きな国のひとつです。こんな素敵なところに住めるなんて、皆さんは幸せだと思う。
山川 あなたの音楽をぼくと同じくらい愛しているファンが日本にたくさんいます。1973年の来日から今回までさんざん待たされたけど、今回来日してくれてすごくうれしい。また、ぜひ来日して演奏を聴かせてください。
ぼくは立ち上がり、だがまだ立ち去り難い感じがして、じっと銀髪の男を見ていた。するとレオン・ラッセルがその日十回めぐらいの握手をしてくれて、ぼくは左手で彼の背中をバンバン叩きながら、耳元でこう囁いた。
「あんたの音楽は、ほんと、最高だよ。ハートにくる。また絶対来日して下さいね」と。
ほんとは、長生きしてほしいと言いたかったのだが、そうは言えないからね。
テーブルの脇をすり抜けて部屋を出ようとした時、ギター・プレイヤーに呼び止められた。しかし、その時は、ぼくは彼のことをスタッフの一人だと思っていたのだった。
「ケン、あんたは面白い奴だね」
「あれ、おれの名前、覚えてんだね」
「面白い奴だからさ」
「そうでもないって。今夜のライヴ、行くからさ。ブルーノートで会えるよね?」
「うん、きっとね」
「じゃあ、ビールをおごるよ」
「OK、サンクス」
その夜、ブルーノートに出かけ、ぼくは彼がギター・プレイヤーだったことを知ったのだった。
驚いたことはもっとある。レオン・ラッセルのピアノには、ほんとうに「ハーレー・ダヴィッドソン」と書いてあったのだ。「えっ、マジかよ!」とぼくは思ったのだった。そしてこの「ハーレー・ダヴィッドソン」には、マッキントッシュが3台も組込まれているのだ。SE30のモニター画面には曲の進行連れて歌詞が表示され、パワーブック(あれは、たぶんDUOだな)にはおそらく打ち込みのデータが入っているのだろう。もう1台はパワー・マッキントッシュを黒く塗った奴で、あれは何に使っていたのだろうか。
スタッフの一人をつかまえて話を聞くと、このピアノは1時間以内に分解できて、ライヴが終わるとコンパクトにたたんでまた次の会場に移動できるようになっているのだそうだ。こういうのを「ロックしてる」って言うんだな、とぼくは思ったのだった。レオン・ラッセルは、ちっとも老けこまずにマックンロールしているんだよ。東京ドームのストーンズのコンサートも良かったけれど、ブルーノートのレオン・ラッセルも良かった。
そう言えば、数日後、本誌の読者だという人からの手紙が3通届いた。1通は大学生の男からで、もう2通は女の人からだった。「ブルーノートに来てたでしょう、声をかけようかと思ったのですが仕事中みたいだったのでやめました」というような内容だった。おい、おい、そういう時はちゃんと声をかけてください。お茶でもしながら、あのジジイがその昔どんなだったか、話してあげたのになあ。
そういや、話したいことはもっとあるのに、うまくみんなに伝えられない。だから、九段会館で観た前回の来日のときに書いた短編小説を再録しておくので、読んでみてほしい。 結局ぼくが言いたいのは、レオン・ラッセルはほんとうに素晴しく、だから是非彼のライヴを体験してみるといいと思います、ということなのだが……。
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